子ども観を鍛える

 

こんにちは。

ここ最近はご無沙汰が続いていて申し訳ありません。

高等学校PTAの近畿地区会長としての仕事、

また大学の仕事が同時進行で進んでいて、

どうしてもこちらに訪れることができませんでした。

 

両方がひと段落しました。

教育者としての仕事は、テスト前ということで佳境を迎えていますが、

それだけならなんとかなりそうです。

 

ということで、今日は重要なテーマである「子ども観」について

考えてみたいと思います。子ども観につながる話は2月にもちょっとお話ししたのですが、

保育の根幹として、非常に重要なテーマだと私は位置付けています。

『驚くべき学びの世界』を読んで

 

 

(1)熱中症の危険

 

先日訪問した保育施設で、熱中症の危険があったので外遊びを中止しました。

という話がありました。ことの経緯を確認すると、

その中止に子どもの意見は反映されていないと言います。

ちなみに、その対象園児は2歳児でした。

 

(2)2歳にはできないのだろうか?

 

もちろん、熱中症の心配はあるでしょう。

軽視して良い話ではないのが大前提です。

だからこそ、子どもに相談しても良いのではないでしょうか?

子どもたちは「外で遊びたいって言うから」(だから聞かなかった)

というのが先生方のご意見でした。

それはそうでしょうね。

でも、先生たちの懸念をちゃんと伝えたらどうなるでしょうか?

2歳児は考えられないのでしょうか?

 

(3)保育行為に子ども観が現れる

 

この先生方がされていることは、おそらくかなり多くの園で行われていることじゃないかと思います。

だけど、一度立ち止まって、本当にそれで良いのだろうか?

と考えてみませんか?

 

子どもをどのような存在と位置付けているのでしょうか?

何もできない、小さな存在ですか?

それは先生たちの「願い」じゃないでしょうか?

先生が、子どもたちをそういう立場に置いているんじゃないでしょうか?

 

ちゃんと説明をすれば、ある程度の園児たちは理解できることがあるし、

自分なりに考えて、意見を言ってくれるのではないでしょうか?

もちろん、その時に先生の意見も伝えると良いと思います。

「心配である」

「もし熱中症になったら、苦しい思いをしてしまうかもしれない」

「どうしたら良いだろうか?」

ちゃんと意見を聞いたら良いのではないでしょうか?

 

「短い時間にしたらどうかな?」

「日陰だけで遊ぶのはどう?」

「外に出たい人は出るけど、中にいたい人は中にいるのはどう?」

なんて意見が出る可能性は十分にある気がします。

 

(4)最後に

 

子ども観は、ふとした瞬間に表出します。

そして、そのこと気づかないことがほとんどです。

あなたは、子どものことをどういう存在と位置付けていますか?

どのような形でリスペクトをしていますか?

この機会に、一度考えてみませんか?

保育者支援ネットワーク「保育のみかた」運営責任者

博士(教育学)

保育コンサルタント

園庭づくりコーディネーター

[著書]

『ワクワクドキドキ園庭づくり』(ぎょうせい)

『遊びの復権』(共著)(おうみ学術出版会)

保育者の「相互支援」と「学び合い」の場

〒524-0102 滋賀県 守山市 水保町1461-34 

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