[本質的な議論をする必要性]
色々なニュースが世間を賑わせています.
保育者の数を増やすとか,カメラを設置するとか,
そういう議論も大切かもしれないのですが,
子どもってどういう存在なのか,
子どもが育つってどういうことなのか,
1歳児が大勢集まったらどれくらい手がかかるかとか,
だからって虐待が許されるとかそういうことではないけど,
多角的に考えることが必要だと思います.
教育・保育って,そんなに理想論だけで進むわけではない.
質があまり高くない事象だって起こっている.
だけど,人間のやることだから,そういうことも踏まえた上で,
どうやったら現状よりも少しでも良いものにしていけるのかを考えなくちゃいけない.
そういう「現場のリアル」を伝える努力もしつつ,
もちろん現場の先生や研究者が協力し合って,
より良い保育
を目指していくと良いのではないかと考えるのです.
さて,今回の事案をどのように考えるのが良いか?
わかりませんが,発達心理学者の無藤隆先生がSNSで発信されていた
記事を参考に考えてみたいと思います.
[不適切な保育を3つに分けて考える]
無藤先生は問題の質を3つくらいに分けて対策を考える必要があるのではないかとされています.
①人権の侵害:テレビで放映されているような事案ならびに組織運営(子どもの人権を無視した行為)
②不適切な保育行為:大きな声で怒鳴りつける,活動から外す,やたらと禁止事項ばかりが並ぶなど
決して適切とは言えない保育行為
③質の低いやり方:下手くそな保育
さて,ここからは私自身の私見として考えてみたいと思います.
①は論外ですので,見つけたら何らかの方法で即刻やめさせる必要があります.
こういう問題が継続的に起こっているとしたら,
それはシステム上の問題も含まれていることになります.
基本的には外部機関の力を借りることが求められるでしょう.
②に該当するような保育行為をチェックして叱るだけでは,問題が水面下に隠れてしまいます.
それをしてしまうケースがあることも認めた上で,
それを無くしていく努力を進めることが大切ではないでしょうか?
[小さな課題を大切にしたい]
私は「小さな課題」から入ることをお勧めしたい.
決して重箱の隅をつつくことを進めているわけではありません.
そうなると萎縮した保育になってしまいますから.
だけど,例えば園児に何かをして欲しい時に身体接触をして
(私が最も気になるのは「腕を引っ張る行為」)やらせる場合などが
それにあたるかもしれません.
その人の行為を個別に問題にするのではありません.
多くの人は無意識にやっていることだと思いますから,
問題意識さえ持てればアンテナが立つようになります.
ですから,そこに意識を向けることが大切なんです.
なので,人権研修の時などに
テーマとして「子どもの意思を尊重するとはどういうことか?」みたいな
ものをセットし,事例として「腕を引っ張って何かをさせることは
意思を尊重しているのか?」みたいな一般論的に話すと良いのではないかと思います.
そうやって,小さな課題を1つずつ潰していくことによって,
大きな問題にならないようにしていくことが大事ではないでしょうか?