第3回 暑さと出会う子どもたち

 

 

1. 逃げる・我慢する、ではなく、往復する

 

前の2回で、私たちは「暑い=危険=避けるもの」という空気と、それを支える数字について考えてきました。

最終回の今日、提案したいのは、たった一つの言葉の置き換えです。

 

暑さは「避けるもの」と位置づけるのをやめて、

暑さは「出会うもの」と考えてみたい。

 

子どもが暑い場所と涼しい場所を往復する姿を、危険を回避している姿ではなく、

自分の体を知っていく学びの姿として、位置づけてみる。

 

同じ園庭の、同じ子どもの、同じ動きです。

けれど、見る側の言葉が変わると、見えてくるものが変わる。

「暑いのに外にいて大丈夫か」と心配していた大人の目が、

「この子は今、自分の体と上手に対話しているな」という目に変わる。

そして、子どもにとっては、この往復のひとつひとつが、「暑くなったら自分で涼みに行けばいい」という、

一生使える知恵の練習になっている。

 

2. 自信がなくても、できる工夫

 

とはいえ、「子どもをよく観察して、適切に判断しましょう」と言われると、

身構えてしまう保育者がほとんどだと思います。

正解がわからないと不安になる。

その気持ちは、とてもよくわかります。

 

ですから今日は、保育者の判断力に頼らなくても回る、

環境のちょっとした工夫を、三つだけお伝えします。難しい観察は要りません。

 

① 涼しい場所を、園庭の真ん中に。

日陰や水場は、つい園庭の端っこに追いやられがちです。

可能なら、一番面白い遊び——泥、水、虫さがし——を、濃い日陰や水場のすぐそばに持ってくる。

すると子どもは、暑い真ん中で我慢して遊んで限界で端へ逃げる、のではなく、

最初から涼しい拠点を起点にして、暑い場所へ短く出ては戻る、を自然に繰り返します。

大人が「休憩させなきゃ」と判断しなくても、園庭の作りが、その往復を生んでくれる。

 

② 水を「飲ませる」のではなく「いつでも飲める」ように。

時間を決めて号令をかけて飲ませるのは、大人にとっても気を張る仕事です。

そうではなく、子どもの手の届くところに水筒や水飲み場をいくつも置いておく。

子どもは大人よりずっと正直で、喉が渇けば自分で飲みに来ます。

「飲ませなきゃ」というプレッシャーを、環境に肩代わりしてもらってはいかがでしょうか。

 

③ たくさん見なくていい、たった一つだけ。

それでも一つだけ気にかけるとすれば、

「いつもよりダルそうにしている園児はいないか」。

これだけです。

 

元気に動いている子は、放っておいて大丈夫です。

汗が適切かとか、顔色がどうかとか、難しい判断は要りません。

見るのは「動いているか/動かなくなったか」という、誰の目にも分かる違いだけ。

もし動かなくなった子がいたら、そのときに初めて、そばへ行って声をかければいい。

お話をすれば、その状態は分かります。

 

この工夫を続けているうちに、保育者自身が変わっていきます。

環境が往復を生んでくれるので、安心して子どもを眺めていられる。

眺めているうちに、「ああ、この子は本当に自分で日陰に戻るんだ」と、身をもってわかってくる。

子どもを信じる気持ちは、誰かに教わって持つものではなく、

安心して見ていられる時間の中で、自然に育つものなのだと思います。

 

過去2回、繰り返してきましたが、暑さは、避けるべき敵ではありません。

子どもが自分の体を知り、自分で折り合いをつける力を育てる、

またとない出会いの機会です。

もちろん、本当に危険な日には、迷わず中に入る。

その判断は大切にしたうえで、それでもなお、暑さと出会える日には出会わせてあげたい。

 

明日、園庭のレイアウトを少しだけ変えてみる。

その小さな一歩から、始めてみませんか。

保育者支援ネットワーク「保育のみかた」運営責任者

博士(教育学)

保育コンサルタント

園庭づくりコーディネーター

[著書]

『ワクワクドキドキ園庭づくり』(ぎょうせい)

『遊びの復権』(共著)(おうみ学術出版会)

保育者と保護者の「相互支援」と「学び合い」の場

〒520-0026 滋賀県 大津市 桜野町2丁目4-7-517 

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