(1)はじめに
この正月休みに前京大総長の山極寿一氏が一般向けに書いた新書
『スマホを捨てたい子どもたち』
を読んだ.
ゴリラとともに生活をしながら研究を進めてきた先生ならではの視点から
人間の特性を踏まえ,スマホによる懸念を提言している.
(スマホの話とは関係ないのだが)
その中で,人間における食の特殊性とそれがもたらした子育て形態の話が興味深い.
人間以外の動物では,単一の家族を持つことはあっても複数の家族が「社会」を作り,
共同して暮らすということはないそうだ.これはどういうことか??
家族というのは何かをしても見返りを求めないという特性がある.
一方で,共同体コミュニティというものは誰かに何かをしてもらったら,
お返しをすることで「お互い様」という関係を構築することによって成り立つという特性がある.
このようないわば180度異なる特性を持つスケールの違うコミュニティを
同時にマネジメントしているのは人間だからこそということである.
では,なぜこれが成り立つのか?
山極先生は人間が持つ「共感力」が鍵であるという.
(2)食生活と共感力
人間に限らず「食」をいかに確保するか?
というのはあらゆる生物にとっての大問題である.
人間は二足歩行であるがゆえに,幅広く食料を確保することが可能である.
見知らぬどこかで取ってきたものを安全に食べられるかどうか?
他の生き物では自分で試すそうだが,人間は取ってきた人間への
信頼に基づいて判断をする.さらには,それらを運び,
複数の家族で成り立つコミュニティで分け合って食べるようになった.
こうして,人間の社会性は育ち,コミュニティを構築することで生活を
維持できるようになっていったと考えられるそうだ.
また,ライオンやトラなどの肉食動物は1度に大量の肉を食べるが,
数週間に1度の食事で良いそうだ.
しかし,我々人間をはじめとする霊長類は1日に何回かに分けて食事をする.
ということは,いつも食べるものを探し,ある程度保管し,
分け与えながら「協力」して生きなくてはならないということになる.
こうして人間は食料面での課題解決のために,
他者に共感しながら生きるという能力を手に入れたというのだ.
(3)子育ては共同で行う
類人猿でも乳離の時期はかなり違うそうだ.
人間は概ね1年程度だが,
ゴリラは4年ほど
チンパンジーは5年ほど
オランウータンに至っては7年もかかるらしい.
それまでに歯も生え変わり,当然食事ができるように
なっていそうなものだが,そういうことのようだ.
また類人猿を含む哺乳類は,肉食動物に狙われる生き物だから,
多産であるという傾向がある.
人間の場合,1度に産めるのは原則1名(多くても2〜3名まで)である.
また(どの類人猿もそうだが)母乳を与えているうちは次の子を
産むことはできないために,早めに離乳するスタイルになったと考えられる.
またゴリラの赤ちゃんは小さく生まれて大きく育つが,
人間はゴリラの倍ほどの大きさで生まれるが,ゆっくり育つという特徴がある.
これは生まれてから5年ほどは脳により多くの栄養が行くようにし,
その後に身体を大きくするという成長戦略をとっているためだという.
つまり,産むサイクルを早め,1人目の子が頭でっかちで身体的にはかなり
未熟な状態で次の子を産むというサイクルになっている.
さらに,先述の通り食料は遠くまで出向いて確保し,それらを
共同体で共有しながら生活をすることで命を守るというスタイルを構築してきた.
これらのことを考えた時,子育ては親だけがするのではなく,
身の回りの世話などは周辺にいる人たち,
例えば,祖父母,きょうだいや家族以外の人たち
の手を借りることは普通のことなのだ.
ここで極論になって
「じゃぁ,親は必要ない」とか
「保育所に早くから預けても問題ない」
という話になって良いのかどうかはわからない.
だから「愛着関係」が重要であり,
目に見えない保護者との温かな関係(これも共感力の為せること)が
子どもたちに「待っている間の安心感」を与えるのではないか
と個人的には考える.
私がここで伝えたいのは,いつもと同じことだ.
すなわち,子育ては親だけでするものではなく,
いろんな人が関わることが大切であるということである.